エンシュウムヨウラン

ラン科ムヨウラン属
エンシュウムヨウラン
菌がしつらう梅雨灯
見学:不可
ガイド:佐藤知生(生命農学研究科博士課程)
写真提供:吉野奈津子氏(全学技術センター)

漁師なのに魚嫌い。漫画家なのに絵が下手。教師なのにチョークアレルギー。逆境にもめげず、置かれた環境でたくましく生きる様は不格好ながらも新鮮で見る者を惹きつける。その対象は人間に限ったことではない。今回は、世にも不思議な「植物なのに光合成をしない」ランについてご紹介する。


20~30cmの硬い茎に、1.5cmほどの花が儚げに咲く。同じラン科でも蝶が連なるように咲く胡蝶蘭(コチョウラン)とは対照的に、エンシュウムヨウランの咲き様は、しっとりと慎み深い。漢字では遠州無葉蘭と書く。読んで字の如く、遠州(静岡県西部)で発見された、緑葉をもたないランである。
つまりこの植物、葉緑素を持たず、光合成ができない。


光合成ができないこの植物は、いかにしてエネルギーを確保しているのか。
なんてことはない。私たちと同じように、他の生物から頂戴しているのだ。
エンシュウムヨウランは、菌に寄生するかたちでエネルギーを得る腐生植物の一種。
「腐生(フセイ)」とは、もともとが分解者たる菌類の生活様式に用いられていた言葉である。
どうぞご想像あれ。
地上で儚げに咲くこの植物が、地下1m近くまで根を広げて菌たちを使役している姿を。


ムヨウラン属は、菌に頼り切ったセンシティブなライフスタイルから、ほとんど栽培法が確立されていない。
エンシュウムヨウランも、準絶滅危惧植物に指定されている。
その花は、人目を憚るようにつかの間の梅雨時分にだけひっそりと咲く。
型に囚われない進化を遂げ、したたかに菌を頼るたくましさ。
それ故に、生じる儚さ。
決して華やかではないが、奥深いその花と同様に心惹かれずにはいられない。


編集後記
初めてこの植物の写真を見たとき、アール・ヌーヴォの照明のような美しさに感動しました。
こういった植物が見られるのも、豊かな自然が残る名古屋大学ならではの恩恵です。
とても珍しいものなので、実物を見たことがある人は少ないのでは。
ちなみに、私も見たことがありません。
この記事を書いたとき、窓の外ではすっかり秋でしたから、なかなか歓迎しにくい梅雨の数少ない楽しみとして、来年を待つこととします。
雨よ、来たれ。
できれば、穏やかに。

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