「名古屋大学の敷地内で、考古学研究のための発掘調査が行われるらしい」
大学で行われている研究を市民へ伝えることが目的であるNUMAP
にとって、これは見逃せない面白そうな出来事だ。
考古学研究といえば、知的好奇心に駆られた孤高の研究者が密林に分け入り秘境を探検、お宝求めてスリルと
サスペンス満点の大冒険を繰り広げる...というようなイメージを持つ人もいるかもしれない。
もちろんそのイメージは間違っているだろうが、では、実際の
発掘調査ではどのように研究が進められるのだろうか?
考古学研究の実態に迫るために、私は現場への取材を試みた。
現場を掘る
現場は、名古屋大学環境学研究科の建物の向かい側の斜面である。
今回行われる発掘調査の対象は、名古屋大学東山キャンパスの中に位置していたとされる古い窯だ。
その窯は、猿投窯(さなげよう)と呼ばれる古窯群に属するものであり、東山39号窯と名づけられている。
猿投窯は名古屋市東部を含む丘陵地帯に広がっており、それらの窯では5世紀半ばから14世紀頃までの間、土器や陶器が焼かれていたとされる。
今回の調査の目標は、この東山39号窯の場所と年代を具体的に特定することだ。
既に現場には地面に大きな穴(トレンチ)が空いていた。
ここまでは重機で一気に掘られたが、ここからは人手で掘り進めていくことになる。
さて、遥か昔にあっただろう窯は土の中に埋まってしまっている。
それがどの位置でどの深さにあったのかについての確証を得るためには、窯の痕跡を掘って探すしかない。
まずは目的の年代の地層まで、土を「ぶっとばす」必要がある。
今回の調査で作業を行うのは、男女混成の学生達だ。
考古学研究室の教員と大学院生が指揮をとりながら、掘る作業を進めていく。
トレンチの中に入って、自分の足下の土を掘っていく。ケガをしないよう、周りによく注意しなくてはならない。
トレンチは狭いので、写真のように、2~3人が交代で作業する。
全員が汗を流して作業している中、傍観するだけでは申し訳なく感じられ、私も中に入って掘り始めた。
何度も順番が回ってくるうちに汗が止まらなくなる。
土を掘るといっても、さらさらの土をざくざくと掘ることができる訳ではない。
石のぎっしり詰まった層を掘らなくてはならず、これがなかなか難しいのだ。
スコップの刃が通らず、思い切り突き立てても石が数個転がり出る程度だ。
こういうときは「バチ」を使って石をかきだし、「ジョレン」で集めると楽になると教えてもらった。
道具を使い分けながら、交代しながら、地道に作業を進めていく。
先が細いのが「バチ」、先が広いものが「ジョレン」である。
現場をつくる
当たり前だが、土を掘れば、掘った土はどこかに置かなければいけない。土はどこへ行くのだろう?
答えは単純だ。トレンチの周りに積み上げられていく。
一人はトレンチの中で掘って土をくみ上げて、もう一人は土手になっているトレンチ脇で受け取り、その背後に土を流していった。
スムーズに作業できるよう連携しながら、トレンチの周りに土を積み重ねていく。
しかし、これはけっこう困った問題も引き起こす。
掘る作業を交代するときには、トレンチ脇の通路で互いにすれ違ったりするのだが、足下は石混じりの土の山である。
崩れやすい斜面になっていてなかなか歩きにくい。しっかりした足場が欲しいところなのだ。
そんなとき役に立つのが「土嚢(どのう)」だ。
掘った土や石を袋に詰めて口を縛り、山の斜面に並べていく。すると、人が乗れるような安定した山ができる。
また、調査は残暑の厳しい9月で、現場は薮の中だ。暑いので半袖で作業すると、群がる蚊に何カ所も刺されてしまう。
そんな現場の脇には、一本の木に緑色の渦巻きが実っていた。
現場を測る
発掘調査では、見つかった遺物(掘って出てきた土器など)がどの層のどの位置で見つかったかの記録が重要なのだそうだ。
そこで、現場で掘る作業と並行して、トレンチの実測図を作成したり、写真で記録する作業を行う。
メジャーを使ったり、レーザー距離計を使ったり、「レベルをとったり」して、その場で図面を引いて数値を書き込んでいく。
こうした作業は、やはり素人が手を出してはいけないように感じられたので、私は作業者が器用に現場を動き回るのを見ていた。
おそらく、平地で行うのに比べてかなり難しいのだろう。
時には作業者がトレンチに落っこちそうな場面もあり、注意を怠ってはいけないことを感じさせた。
「レベルをとる」ところ。「レベルをとる」は一種の専門用語らしく、トレンチの高さの測量を行うことを指しているそうだ。
図面に書き込みをしているところ。集中力が表情から伝わってくる。
遺物を見つける
掘り進めていくと、土の様子が変わり、黒くて細かな土の層になる。
大学造成時に盛られた土がようやく取り除かれたのだ。すると土器の一種である須恵器の破片がたくさん見つかるようになる。
こうなると、スコップやバチでざくざくと掘り進めるわけにはいかない。
「移植ゴテ」などを使って、より慎重に土を掘っていく。すると、面白いほど次々に破片が見つかっていく。
移植ゴテや「ガリ」を使って表面を削るように掘っていくと、次々に破片が見つかる。
須恵器の破片が土の中から見つかると、発掘調査という感じがする。
見つけた須恵器の破片は、どの地層で見つかったのか、どの位置で発見されたものかを記録する。
この調査の一番の目的は窯跡を発見することなのだが、直接の証拠にならない遺物も資料にする。
見つけた破片一つ一つについて、洗浄したり形や大きさを測ったりするそうだ。
遺物は結構な数が見つかるため、その作業はなかなか大変そうだ。
私はどんどん遺物が見つかることに感嘆していたが、考古学研究室の学生の顔はそんなに嬉しそうではなかった。
また、記録をとるのは見つかったものだけではない。その日の作業の進捗や気がついたことについては「野帳」に記録するそうだ。
見つかった破片は、見つかった位置ごとにまとめていく。
タグには、日時と場所を書いておく。
野帳を見せてもらった。野帳はそれぞれの作業者が持つそうなので、書き方にはそれぞれ癖があるのかもしれない。
研究を支えるもの
残念ながら、取材でご一緒できたのはここまでである。
2週間ほどの発掘調査のうち、最初の2日間という初期の段階しか取材できなかったが、発掘調査の実際について幾らか知ることができた。
現場では、発掘作業と同時に、作業場を整えたり実測図の測量を行っていく。
作業に関わっているのは考古学研究の専門家ばかりではなく、 私のように素人だった学生もいるが、いつの間にか協力して進められるようになっていた。
それぞれの作業は地道で気が遠くなりそうなものだが、交代しながら作業しているといつの間にか時間が過ぎて、気がつくと現場の光景は眼に見えて変わっているのだ。

また、作業では様々な道具を使い分ける。
掘るための道具だけでもスコップ、バチ、ジョレン、移植ゴテなど何種類もあるし、土嚢や蚊取り線香で作業場を整え、メジャーやレベルで測量をする。
作業や道具を指す専門用語がたくさんあって、最初は聞き慣れない用語に戸惑うが、使い方を見聞きしたり実際に触ってみたりすると、次第に慣れてくる。
それぞれの道具にそれぞれの便利さがあるように感じられるようになってくるのである。
編集後記
文学部考古学研究室の梶原先生にはお世話になりました。急なお願いにも関わらず取材を快く引き受けてくださり、加えて、ホームカミングデイのNUMAPの出展でもご協力頂きました。本当にありがとうございました。
私にとって特に印象的だったのは、チームワークと、道具の使い分けでした。考古学研究の調査は、この二つがうまく働くことによって進められていくという風に感じました。(編集:清水右郷)